RC界にフルタイム4WDを普及させた,記念すべき一台
●概要

タミヤがグラスホッパーシリーズで一躍ブームを巻き起こした後,ついに登場させたのが
「フルタイム4WD」です。もともとこの発想は他社で出ていた(京商のプログレスや,どこだかのリンクス4WDなど)わけですが,大手のタミヤが動くとなると話は別です。
というわけで,彗星の如く登場したのがこの
「ホットショット」です。ホーネットに代表されるようにキット価格が1万円を切る流れが生まれつつある中,なんと21800円もする高額さ!!しかし,
「タミヤ最強」に相応しい,非常に凝った作り等,魅力が価格を上回ったのも事実です。というわけでホーネット以来の大ヒットモデルとなりました。
●田宮初フルタイム4WD
ホットショットの4WDシステムは,現在のTA01〜02,そしてTL01に流れを汲む
シャフトドライブです。
当時は
ヒロボーのコックドベルト式(ミゾの入ったタイミングベルト),京商のチェーン式がありましたが,そこに殴り込みをかけたような形でした。
まず横置きミドシップに搭載するモーターから平ギヤ(スパーギヤ)に伝達され,
そのまま後輪は更に2つのギヤを介して伝達されます。
一方,スパーギヤからはもうひとつ,横付けされたベベルギヤに動力が渡り,
後ベベル→ドライブシャフト→前ベベルと伝えられて前ギヤボックスに動力が到達する,
つまり非常に複雑な物でした
(ミニ四駆のシステムを,より多くのギヤで行っていた状態!!)。
タミヤがシャフト駆動を推す理由は,おそらく
「
初心者でも簡単に扱える」
つまり,一度組んでしまえばほぼメンテナンスフリーであるところに着目したと思われます。
事実,
ベルト駆動は走行のたびにテンショナーを調節する必要がありましたし,
チェーン駆動は調整に加えて,次第に伸びてくるので定期的にコマを詰めなくてはならなかったのです。
それから比べれば,シャフト駆動はまさに画期的なものだったと言えるでしょう。
●シャーシ

その他,シャーシも非常に合理的なものでした。
メインシャーシは箱型のモノコックで,下の「箱」にメカ類を搭載,
上の「箱」は前後ギヤボックスを結ぶ事実上のフレームでした。
このため,普通に組むだけでほぼ完全にメカ類が密閉され,合理的に防塵性を確保していました
(反面,クリスタル交換でさえシャーシをバラさなければならなかった!!)。
また,前後ギヤボックスを大型化し,作り易さだけでなくそれそのものをシャーシの一部として使い,
サスアーム取り付けはもちろん,ボディやスタビ,サスのマウントまでギヤボックスが役目を果たしていました。
これが軽量化と部品点数の簡素化,つまりコストダウンに効果的でした。
シャーシ素材は,ツヤ有り黒のEPL
(エンジニアプラスチックリング)でした。
これが真紅のボディ(というか部分カウル)と良く合い,非常に格好良かったです。
ボディと言えば,ホットショットはパイプフレーム+ポリカ製カウルの斬新なものでした。
このパイプフレームはリヤギヤボックスの後方にまで回り込み,リヤバンパーの役割まで果たしていました。
しかも屋根はアルミ製。サイドネットまで付き,スケール感を高めていました
(そのかわり,重量増でした・・・。)
当時はスロットルもセメント抵抗を使った三段変速でしたが,ホットショットの抵抗はリヤウイング下に,コンパクトなアルミヒートシンク付きの抵抗が2つ奢られていました。非常に贅沢で,しかもかっこいい!!スピコンも接触不良になりにくい,まずまずの性能を持っていました。一時期ホーネットに使っていたくらいです。
●サスペンション
独創的と言えば,やはりサスペンションでしょう。
後にも先にも,これほど凝った足回りは見たことがありません。
というより,構造が複雑すぎたのか,社外品はあまり出回らなかったくらいです。
まずフロントです。
モノショック(
つまり,ショック1つで左右を兼任する)で,専用の大型オイルダンパーを装着していました。これは直径は大きいのですが,ストローク量が短いものでした。
真紅のプラスチックでマウント部分を構成しており,なかなか格好良かったです。
しかも,スプリングマウントに工夫がされており,ダイヤル式に回すと3段階にスプリングの固さを調整(
実車で言う車高調)できたのです。
工具も部品もなしで調整できる機構が,非常に画期的でした。
ただし,実は純正指定でショックを組むと,必要以上にショックが効きすぎて,極太のスプリングが負けてしまい
(このバネ,親指と人差し指で縮めようとしても底付きしないくらい固かったのに,それでも!!),車が全くリバウンドしないという問題点がありました。
つまり,一度バンプするとずっと底付きしたままだったのです。このため,3段階スプリングを最強にセットせざるを得ませんでした。解決策としては,ダンパーオイルを柔らかいものに変更する(
当時はそこまでは広まっていなかった)か,ダンパーのピストンを穴の大きな物に変更するなどあります。しかし,「
ホットショットはメンテ不要」との意識が強く,結局,他のサスキットに交換してしまうケースが多かったように思われます。
また,モノショック特有の弱点として,車がロール
(つまり,片輪が上がり,もう片輪が下がる状況)すると,全くスプリング&ダンパーが効きませんでした。そのために極太のスタビライザーを装着していたのですが,これでも重い車体を支えきれず,コーナリングではグリップを稼ぎ切れていませんでした
(そのくせ超扁平タイヤなので,ロール時フロントの接地面積が変化しすぎてやはりアンダーを招いた)。
また,サス形式にも特徴がありました。
実車では見られないのですが,ナックルアームを排除した,上下ピロボール+Aアーム式の
ダブルウィッシュボーンだったのです。これは当時としては非常に画期的でした。
利点としては,ナックルアームの部分までサスアームを延長できるため,
通常のダブルウィッシュボーンよりもサスストロークを大きく取れること,そして柔軟に作動できることが挙げられます。
しかし,強度を確保するためにピロボールが大型化し,それに伴いアップライトも大型化。
これと干渉しないために,どうしても大径ホイルが必要だったはずです。
そのためか超大型ホイルと超扁平タイヤが組み合わされたのでは・・・・と僕は推測します。
また,ピロボール周辺の設計が少々問題で,特に組み立てた直後はあまりに動きが渋く,まともに作動しませんでした。
更に砂が入って摩耗しやすく,せっかくなじんできた頃に,クラッシュするとに外れてしまうこともあったのです。おまけにアッパーアームのガタが大きくて,コーナリング時は荷重に負けてポジキャン気味になっていました。これも,
大アンダー症候群の原因でした。
そしてリヤです。
画像にもあるとおり,これもモノショック・・・しかし,なんと
「ギヤボックス上に縦置きしたダンパーを金属プレートのリンケージで動かす」という,凄まじい構造だったのです。
具体的には,バンプするとサスアームの左右取り付け位置が左右に広がり,プレートがそれに引っぱられて
(つまりプッシュロッドでなくてプルロッド),その左右の合力で結果的にダンパーを上に押していたのです。これはモノショックにも関わらず,ロールの際も効くという面白いものでした。
これに,極太のスタビライザーが付くので,リヤのロール量は小さく,しかもロールするとアッパーアームが極端に短いダブルウィッシュボーンだったのでキャンバー変化がたっぷり発生し(インスパイア系のように,沈み込むほどネガティブキャンバーが付いてハの字になります),ロールするほど非常に粘る足でした。
これもホットショットの大アンダー症候群の原因でした。
●アンダーステア症候群 その傾向と対策
・・・とずいぶん書いてきましたが,実はホットショットはアンダーステアが非常に強い,走りにくい車でした。
その原因があまりに多いのですが,わかるだけ挙げてみます。
●センターデフやワンウェイクラッチを持たない直結フルタイム4WDであり,内輪差を吸収できずフロントが逃げる
●前後デフがベベルデフで内輪が空転し,パワーアンダー傾向が強い
●重量配分が後ろ
●前後モノショックサスでロールダンピングが弱く,タイヤの接地面変化が大きい
●サスアームの取り付け剛性が弱く,コーナリング時の横Gを支えきれずキャスター&キャンバー角が減少
●前後ともロールセンターが高い
●純正のタイヤバランスが悪く,フロントタイヤが負けている
●ステアのリンクに問題があり,アッカーマン変化でコーナリング中アウト側のタイヤが外を向いてしまう
中でも一番の原因は,最後に挙げたステアリング系でした。
というのは,この車はサーボから直接ロッドを伸ばし,左右のアップライトを動かしてステアを切っていました。
オンロードでは当たり前のこの機構も,この車のようにロングアームの本格的ダブルウィッシュボーンともなると事情が違います。
ときには3cmもサスペンションが上下するので,ストローク量でサーボとアップライトとの距離が大きく変化します。
サスが伸びると近くなり,ロッドがアップライトを外に押してトーインに。
サスが沈むと遠くなり,アップライトを中に引っぱる形でトーアウトに・・・。
要するに,コーナリング時,より沈むアウト側のタイヤの舵角が減り,場合によってはほとんどステアを切ってない状況になるのです。
いくらイン側のタイヤが舵角を増しても,アウト側がこれでは車は曲がりません。
ですから,どうしてもフロントサスは固めにして,サスがあまり動かないようにセッティングするしかなかったのです。
しかし,ここでも致命的な問題が発生します。
モノショックはロール時に作用しないのです。
ということはダンパーやスプリングをセッティングしてもほとんど無意味です。
スタビを固めるしかありません。
でも強化スタビは売ってない・・・。
結局,ノーマルシャーシでは,この問題は一切解決できなかったのです。
(ですから,後継車のブーメランやビッグウィッグは,砂が詰まって動かなくなるリスクを犯してまで,あんな凝ったステアシステムを採用していたのです)
そこで,ホットショットを「曲げる」には,セッティングではなく,抜本的な方法を狙うしかありませんでした。
専用ホイルが他に類を見ない超扁平だった(
ハブが専用なので,他のホイルは全く流用不可能)ので,
純正のオーバルブロックか,オプションのピンスパイクしか履けませんでした。
しかもピンスパイクが非常に良すぎて?オーバルブロックとの性能差は明らで,この2つを組み合わせても極端な特性しか得られませんでした。
そこに登場したのが,センタードライブシャフトを加工して装着する「
トルクスプリッター」です。
当初はR&Dイシハラなど,一部でしか製作されていませんでしたが・・・・。
これは,
前輪駆動用のドライブシャフトを途中で切り,ビスカス状のものを間に入れて組み直したものです。
構造上,ホットショットはセンターデフが組み込むことが難しい(
やるとすればスパーギヤ)のですが,これは大成功。
アンダーステア,オーバーステアの調整が可能になりました。
レースで希に見る「
スピンしていたホットショット」は,基本的にこれを装着していたものです。
しかし,この手のシステムはしばらくタミヤは作ることなく,結局「イグレス」までトルクスプリッターの登場を待つことになります。
「シャーシ性能で曲げる」・・・そこにタミヤはこだわっていたのかもしれません(
これはツーリングカーの設計でも見られるコンセプトでした)
●パワー不足
ホットショットは,カタログでは1500g級の軽量マシンでしたが,実際はそうではありませんでした。
基本的に1700gを切ることは希で,僕も軽量化したものの1750gあたりが限界でした。
(
当時,フルタイム4WDで圧倒的強さを誇っていた「京商オプティマ」は,1600g台・・・)
このため,ユーザーはこぞってハイパワーモーターへの換装を行っていました。
しかし,純正で防塵対策としてモーターにラバーバッグをかぶせるよう指示されており,これが裏目に出て,ハイパワーモーターだと発熱量が大きく,マグネットの熱ダレによく見舞われたのです。
そうでなくとも,この車重に加えフルタイム4WDの駆動ロスの大きさは結構バカにならないレベルで,特に新品または走り込んだ車の場合は独特のギヤの走行音と回転の重さでストレートスピードがあまり伸びませんでした。
一応,タミヤも駆動ロス対策を講じるために,純正状態で高価なボールベアリングをいくつも奢り,またドライブシャフト関係(センター除く)に中空アルミを採用するなど,非常に贅沢な手法をとっていました。
おまけに,よりロスを減らすためにフルベアリングセットがタミヤで販売していましたが,なんと8100円!!グラスホッパーよりも高かったのです。
それにしても,
使い込むと明らかにギヤの音が大きくなるのは,タミヤ永遠の課題です。
理由として,大きなギヤボックスが問題です。
中も大きいので,せっかくギヤに付けたグリス類が飛び散ってしまい,その飛んだグリスは二度とギヤに戻らないのです(
オイル循環させる部品を取り払ったエンジンのようなものです)。
しかもギヤの材質が比較的柔らかく,案外摩耗しやすかったように思います。
と言うわけで,速さを維持できない車だったように思います。
特にホットショットは初心者で買うケースも多く,メンテナンスの何たるかを勉強中のユーザーにとっては「遅い」の一言で片づけられがちでした。
でも,正直言うと,それだけ性能差が出てきてしまうのです。
レースを見ていると,ユーザーによってホットショットの速さが極端に違うのでびっくりしました。本当に速い車は,コーナーでドリフトさえ見事に決めてましたし,ストレートでオプティマといい勝負をしてました。燃費は悪かったですが・・・・。
このパワー問題は,それまでの軽量な2WDではあまり気付かない問題でした。当然のように皆次々に高額なモーターばかりに目がいき,バッテリーやギヤ比,トルクといった要所は忘れがちだったのです。
とくに,バッテリーの及ぼす影響は大きかったと思います。TVのタミヤRCカーグランプリでホットショットが皆結構速い理由は,レギュレーションでタミヤバッテリーしか認めていないところではないかと思っています。当時タミヤのバッテリーは高く,多くの人は激安ショップオリジナルの怪しいバッテリーを購入していた(完全セットで付いてきた?)と思います。
実はタミヤのバッテリーは,当時ニッカドではトップとも言えるサンヨーのセルを使っていました。しかも,内部抵抗の少ない,放電に優れたものだったのです(
正確に言えば,1200SCと呼ばれる1200mAhの大放電可能型)。性能が違うのも当然です・・・。
最後に,この車のモーターはトルク型が必要でした。しかし当時のタミヤを含め,モーターは高回転型が多く,完全にトルク不足でした。マブチがRX−540VZ「
テクニゴールド」を生み出すまで,この問題はあまり解決しなかったと思います。
●裏技
ホットショットのバッテリー搭載は,下からスナップピンを外して脱着するという,なかなか面倒なものでした。それも,作業の際はついついスナップピンをなくすことが多く,ついにはヘアピンや針金を加工して使っていたほどです。
ところが,ある本に「裏技」として,バッテリーを横で支えているホルダーのネジを1個抜くと,ホルダーを回して横からバッテリー脱着できるようになる,と・・・・・
早速やってみたところ,全く問題なし!!それどころか交換で10秒フラット!!
友達と耐久レースをする際は,もちろん一番ピット作業が速かったです(笑)
●ホットショットが残した物
○扁平タイヤ時代,到来
ホットショットのライバルとして,台頭したのが京商「オプティマ」です。フルタイム4WDであること,そして21800円という価格まで,見事にバッティングしていました。
では,性能面ではどうか。
ホットショットが悪いわけではなく,オプティマの幅広いセッティングと完成度には,なかなか太刀打ちできなかったと思います。
なぜならば,京商はすでにプログレス4WDSをはじめ,いくつかのフルタイム4WDを経ており,オプティマも「
2WD並みの軽さで,レース用のフルタイム4WDを作る」という明快なコンセプトで突き詰められて設計されていたのです。
しかし,オプティマが唯一,ホットショットにかなわなかった性能があります。
タイヤとホイルです。
オプティマのそれが旧態依然とした
バルーンタイヤ+重い3ピースホイルであったのに対し,ホットショットは
斬新な超ロープロファイルタイヤと大径なのに軽量なワンピースホイルを装備していました。特に,オプションのピンスパイクタイヤのグリップは絶大で,なんとかオプティマに装着できないかと試行錯誤していました。(
もっと言うと,オプティマのホイルハブはテーパー状のシャフトに圧入されていましたので,クラッシュ等ですぐに抜けてしまうお粗末さが目立ちましたが,ホットショットのようにピンシャフトで確実に止める方法は耐久性に優れていました。後の京商が採用したほどです)
結局,YSP等の社外メーカーが販売することで,オプティマにもホットショットホイルが目立つようになりました。これはバネ下荷重の低減にも大きく作用しました。
その後,どのメーカーもワンピースのホイルを作り始め,現在に至っています。
その反面,3ピースでタイヤをしっかり押さえつけていたのが,1ピースならではのトラブル,つまり走行中にホイルからタイヤが脱落したりといった現象が増加しました
(
今でさえ,タイヤはホイルに瞬間接着剤で固定するという原始的な手法に頼っています)。
また,扁平タイヤの弱点は,なにしろオフロード用なので柔らかいままのタイヤでなければグリップせず,それが災いしてタイヤが「底付き」し,ギャップを捉えきれない場面も出てくることでした。
そのうち,タイヤ内にスポンジを入れて(インナースポンジ)うまく面圧を均一にする手法が広まりました。これも,現在のRCのタイヤ技術のもとになっています。
○メッキホイル全盛

ホットショットのCMや,パッケージで必ず付いていたのに,実際には1台たりとも装備されていなかった幻のアイテム・・・・それが,金メッキホイルです。
かといって,自分でゴールドを塗っても,本当の金メッキとは雲泥の差。やはり,その登場を望まれていたのは間違いないところです。
フォックスの登場で標準装備だったためか,この時期にホットショット用もメッキ仕様でオプションパーツとして販売。
ナットの締め付けや他社との接触等,ちょっとしたことで剥がれてしまうものでしたが,格好良さはそれ以上でした。
また,当時は更に銀メッキバージョンも限定販売?していました。
これは他のメーカーにもすぐに広まり,ヨコモや京商が蛍光ホイルを導入するまで,ずいぶん流行ったように思います。
○第2次価格戦争
ホットショットの人気を見て,各社も4WDバギーに着手したのはまちがいないところです。しかし,逆に「4WDは高い」というイメージも受け継がれ,4WDなら2万円以上,のような流れがありました。それを一気に打破したのがブーメランです。
その流れで,ブーメランと同じ価格のモデルが他社からも登場しました。京商ロッキー,そしてマルイのサムライ,ニンジャ,ショウグン。
決して成功したとは言えず,どちらかと言えば安っぽい車になりがちでしたが,「プラスチックでここまでできるんだ」といった流れが生まれ,非常にこの時期は多種多様で面白かったです。ちょうどグラスホッパー・ホーネットが第1次価格競争なら,こちらは第2次と言うべきでしょうか。
そうそう,ツーリングカーブームの火付け役,タミヤR32GT−Rも,15800円でしたっけ・・・・。
●スーパーショット
それは,あまりに突然でした。ある模型屋さんで,何げに貼られていた一枚のポスター。
そこには,
銀色の,ホットショットらしい車が,それもFOXの黄色いダンパーを4本も装着して,おまけにオプションのはずのピンスパイクを,幻で終わったはずのゴールドメッキのホイルに装着して,砂煙を上げて爆走していたのです。
そのポスターの脇には,あのロゴがあったのです。
「
SUPERSHOT」
このロゴを見たとき,体が震えました。だいぶホットショットに苦しめられてきた自分にとって,まさに待ちこがれていたものでした。
しかし,ラジコンマガジンに掲載されたとき,それは落胆に変わりました。
ホットショットでも21800円と非常に高額だったのに,なんとそれは29800円。

買えるわけがありません。
でも,せめてあの4本ショックはほしい・・・。
そんな憧れが詰まった車が,僕にとってのスーパーショットです。
一層高額になった理由は,なんと8100円もしたフルベアリングセットがしっかり標準装備されていること,そして4本ショックをはじめとして様々な新型パーツが盛り込まれていたこと,更に標準搭載モーターがRX−540SD「テクニパワー」(定価4500円くらいする)だったこと・・・・
それを考えると,実はバーゲンプライスなのですが,ホーネットやグラスホッパーの田宮模型がこれほど高額なモデルを売るとは!!!!
正直言って落胆するほどの衝撃を受けたものです。
事実,近所この車を持っていたのは,「お金持ちの息子」くらいのものでした。(ちなみに僕の近辺では,腕の立つ人は,基本的にオプティマでした)
そのせいか,僕は「
ちゃんと作られて,ちゃんと走ったスーパーショット」を見たことがありません。
ただ,この車の登場で,なぜかタミヤがオプションパーツを多数販売し始めたのは事実です。
流用チューンとして,まず安価なアンダーガードがありましたが,やはり最大の武器となったのは「ホットショット改造サスセット」として発売された4本ショック&ダンパーステーでしょう。
1本1000円以上が相場だったオイルダンパーですが,タミヤが出したオールプラスチックの黄色い「CVAダンパー」が4本も入って3000円程度!!明らかに激安です。しかも,当時当たり前のように起きていたオイル漏れも皆無で,その効き具合にも感動してしまいました。しかも非常に大きく,かっこいい!!!
特に,リヤサスの性能は素晴らしく,ダンパー取り付け位置も文句なしでした。フロントは・・・ちょっと立てすぎで,うまく動きませんでしたけど(笑)しかもダンパーステーのネジがゆるみやすいし・・・・。アルミステーをたたいて曲げ,ダンパー取り付け角度が少しでも寝るようにしてました。
スーパーショットボディは欲しかったのですが,それ以上に欲しかったのがアルミ製の屋根!!!スーパーショットの屋根には,小さいながらもエアダクトが付く専用品だったのです!!!(効果はない)
最後に,しっかりしたサスペンションになったものの,サーボリンケージは全く変更されておらず,アッカーマンの悪さは相変わらずだったと思われます。
しかし,スーパーショットの最大の弱点は,そのオプションパーツを満載した事による車重増でしょう。
もともとホットショットでも1700gオーバーの重量級でしたが,なんと全備重量は1800gを超えてしまいました。
これが,当時の回転型モーターには大きな負担で,走行中に線が溶けたりハンダが溶けて外れたり(!)というトラブルが出たのです。
●ブーメラン
とにかくキットも高価だったホットショットシリーズ。しかし,ここで朗報が!!待ちに待っていた,廉価版の登場です!!
その名は「ブーメラン」。
15800円という破格で,しかもあちこちが改良され,おまけに軽量で,最初からCVAダンパー付きで,更にそれでもベアリング4個付き!!!当然また大ブレーク!!!
この車の特徴は,安いことが欠点になっていない・・・つまり,コストダウンの手法が実は性能面でプラスに働いていたことです。
たとえば,ドライブシャフト系はすべてシンプルなスチール製にされていましたが,重量増加にもならず,しかも部品が安かったためにクラッシュで曲がったり脱落しても買い直すことが容易だったのです。確かに,このあたりからタミヤはスペアパーツやオプションパーツをショップに供給するようになり,非常

に重宝しました。
それから,シャーシが前面改良され,ホーネットのようなバスタブシャーシになりました。
おかげでメンテナンス性は比べ物にならないほど向上しました。
しかも,ホーネットのそれと違い,高強度のEPL(エンジニアプラスチックリング)を使い,比較的肉薄に作ってありました。
更に底の部分は凹凸を極力減らしたスラッシュサーフェイス状で,シャーシに泥が付きにくく施されていました。
そのかわり,上を完全に覆う形で,大きめのボディが与えられました。これがなかなかスタイリッシュで,スーパーショットまでの無骨で力強いスタイルとは一線を画していました。
バッテリー搭載は相変わらず「下抜き」でしたが,面倒なスナップピンをやめ,長いプラスチックのロッドをピンとして使う手法でした
(
確かになくしにくいのですが,反面,泥や砂でセットしにくくなることもあったようです)。
特筆すべきはステアリング系です。
ようやく,アッカーマン対策が施されました。簡単に言うと,
サーボから直接タイロッドを伸ばすのではなく,まず左右にスライドするバーへ伝達,バーの両端から短めのロッドでアップライトを結んでいました。
これで,サスペンションの沈み具合に関わらず,ほぼステアの舵角が一定になりました。
もっとも,泥や砂がスライドバーに詰まってしまうと,全くステアが切れずコースアウト!!という現象も発生したことから,決して好評ではなかったようです。
足回りも,密かにマイナーチェンジされていました。
フロントはホットショット同様のモノショック方式でしたが,オイル漏れが少なく大型のCVAダンパーを装着するにあたって,取り付け位置が適正化され,ストロークを生かした取り付けになりました。
このため,スプリングが弱くてもたっぷりしたストロークで減衰してくれました。また,それに伴ってスタビライザーが弱められ,更にギャップ走破性が向上しました。
(
ただ,スタビのステーがFRPからプラスチック製になったことで,スタビが効くとステーがたわんでしまい,実際の効果は疑問でした)
フロントサスアームはホットショットそのものだったので,スーパーショットのように左右独立ショックにすることも容易でした。
また,リヤはサスアームが新設計になっており,ショックがサスアームの前に装着されていました。これが格好良かった!!
さて,実はブーメランは社外品の宝庫でもありました。
ユージプロダクト,レインボープロダクト,TECH(RC技研)・・・・。カラフルで金属製の精巧なダンパー類をはじめ,パワフルなモーター,ジュラウィング,サイドガード,アルミホイール,オリジナルタイヤなど,ドレスアップや改造パーツであふれかえりました。
我が友人にもブーメランユーザーがおりましたが,なんと!!
7本ダンパー仕様でした。
フロントは純正のモノショックにスーパーショットの2本ショックを付け,リヤは純正の2本にスーパーショットの2本を付け,合計7本。まさに化け物です。
しかし,こともあろうに全てスプリング付き・・・ただ固いだけで,ボンボン跳ねる車でしたが(笑)
ブーメランの部品は黒と青で統一されていました。それまでホットショットが黒と赤だったので,ホットショットユーザーの僕にはブルーパーツがうらやましかったのですが,その友人に言わせれば,赤パーツに憧れていたとか。単に「無い物ねだり」なのかもしれません(笑)
ブーメランは,その後「サンダーショット」デビューまで,タミヤフルタイム4WDの中心として活躍します。
兄弟車「スーパーセーバー」が登場したり,京商に同価格で真っ向から対抗してきた「ロッキー」など,そのポジションはなかなかシビアなものでしたが,
多くのRC好きを燃えさせた車である事実は,間違いありません。
●BIGWIG
オフロード全盛期も,ある流れが生まれていました。
バッテリーパワーを上げることで,モアパワーを獲得する・・・7.2Vから,8.4V時代の幕開けです。
ホットショットシリーズは,バッテリーを止めるホルダーがシンプルなこともあり,8.4Vの長いバッテリーに合わせた専用ホルダーを取り付ければ良かったのですが,最初から搭載を前提とした車となると,話は別でした。
そんな中,田宮模型はRC生誕10周年を記念し,スペシャルモデルを生み出しました。
「大物」ビッグウィッグの誕生です。
まず,その流麗なボディは,なんとムーンクラフトの由良拓也さんがデザインしたもの。トリコロールカラーと相まって,今まで見たこともない格好良さです。屋根のダミーエアダクトはF1を感じさせ,更にダミーV8ヘッドやダミーエキパイ・・・デザインだけでも凝っていました。
ホイルも今までにない,ディッシュ型。非常にスマートです。
更に,そのシャーシが凄い。長い8.4Vバッテリーを横置きに収めるため,幅広のバスタブシャーシを新たに作り直しています。
ギヤボックスは従来のものを踏襲。リヤサスもブーメランのまま。
しかし,フロントサスがびっくり。サスアームを設計し直してまで,ダンパーをサスアーム前に持ってくる形式を採っています。これが格好良く,しかもオプションパーツで出ていなかったので羨望の的でした。

ステアシステムも,ブーメランから更に凝りました。なんと,サーボセイバーをピニオンギヤに見立て,ラック&ピニオン方式を採用。もちろんアッカーマンはほとんど無くなりました。砂等が詰まると動かないので,最初からダストブーツまで装着。(でも,実際にはダストブーツ内に砂が詰まってしまい動かなくなってました・・・)
そして,モーターにはマブチ唯一の8.4V対応の新作「RX−540VZ(
タミヤでは「テクニゴールド」)」を標準装備。余りあるトルクで,大柄な巨体をロケットの如く加速させます。
さらにベアリングも8個?入って,25800円。今思うと破格かも。でも,当時買えなかったのは事実です・・・・。
京商も,ちょうど良いタイミングで,ブーメランに引き続きライバルを準備していました。御丁寧に8.4V仕様です。
「ターボロッキー」です。プレッシャーダンパーをやめ,ルマン240STとアジャスタブルダンパーを装着して25800円!!
でもこちらは結果的に非常にレアなモデルになってしまいました。皆,オプティマ系に行ってしまったので・・・。
しかし,実際のところ,8.4Vはあまり広まりませんでした。
なにしろ,バッテリーだけでなく,充電器も買う必要があり,しかも皆高いし・・・・
巷で楽しんでいる僕らにとって,まず安くて速いモーターが欲しかったのは事実です。
8.4Vの衰退と共に,「大物」も,ひっそりと姿を消してしまいました。
この車こそ,復刻版がほしいところです。
●ホットショットU
ホットショット系最後の車は,ひっそりと登場しました。
もはやレース界での京商勢の優位は決定的であり,ことあるごとにオプティマ一族が優勝をさらっていました。
ホットショット系では,まず直線スピードで対抗できず,コーナーでもアンダーに苦しみ,モーターへの負担からかオーバーヒートの傾向も強く,なによりバッテリーが4分と持ちませんでした。屈辱の日々,といってもいいでしょう。
なのに,このショット2は,どちらかと言えば進化系ではなく,懐古的な印象を持っていました。
18800円という価格は元祖ホットショットに比べれば安いかもしれませんが,より軽量で,より安価なブーメランがいます。
シャーシはホットショットのシャーシの上面にハッチを設け,防塵性と整備性を両立しようとしているのですが,防塵性はともかく,整備性はやはりブーメランのバスタブシャーシにはかないません。
足回りも,赤で主張していますが,基本的にCVAダンパー。悪くはないのですが,進化した印象はあまり感じません。一応,リヤのダンパー角度が立ち気味になってますが・・・。
今見ると,漆黒のボディが非常にかっこいいのですが,当時の速さを求める流れを考えると,少々かわいそうな気がします。
せめてもう少し,新しいポイントが欲しかったように思います。
逆に言えば,このショット2は,非常にレアモデルであることは間違いありません。
そして,すべてはサンダーショットに受け継がれます。
駆動ロスが大幅に減り,デフが一体ケースに収まり,砂が詰まらないような新しいアッカーマン対策が施され,ダンパー取り付け方法も自由自在。
高強度で軽く,しかもブーメランより安い・・・・・・僕も買いました。
サンダーショットは,今までのネガを完全に断ち切った凄まじい車でした。本気で,純正仕様でオプティマと張り合える戦闘力を持っていたのです。
しかし,時代の流れは徐々に加速度を増していきます。
すでに,タミヤの技術は,レースモデルのノウハウから遠ざかっていました。
ミニ四駆もそうですが,タミヤの進化はあまりにのんびりしすぎだったかもしれません。それがユーザー離れを起こし,速い車のメーカーが割拠する・・・。
オプティマ系で人気を得た京商も,必死でした。
ヨコモが世界を完全制覇するまで,世界は揺れていたのです。
それは,RC電動バギーというカテゴリそのものを巻き込んでの揺れでした。
人気低迷・・・・ビギナーを大事にするタミヤを置いてきぼりにした世の中が,自らを浸食し始めたのです。
速い=楽しい そんな図式はあり得ません。
なぜ,ホーネットが売れたのか。
なぜ,ホットショットが売れたのか。
速い車は他にもあったのです。
でも,これだけは言えるかも。
タミヤの車は,「作ってるときも楽しい」ですよね・・・・。